おもんないのが二人できるな

小説

私はグラウンドの端で、子どもたちの練習を見ていた。

ボールが、木に引っかかった。

亥太郎が力を込めて蹴ったボールは、グラウンドの端のケヤキに吸い込まれ、枝の間で止まった。
練習中の子どもたちが、いっせいに上を向く。

「あ——」

亥太郎はすでに動いていた。

足元の枝を拾い上げ、先端を軽く振って強度を確かめる。
木の下へ駆け寄り、背伸びをしながら枝を突き上げた。
先端が葉を揺らすが、ボールには届かない。
立つ位置を変え、もう一度。
また届かない。

その間に羊平は、申也のもとへ走っていた。

「コーチ、ボールが木に乗りました」

申也が視線を上げる。

「ほんまやな」

羊平はそれだけ言うと、何事もなかったようにリフティングを始めた。

亥太郎はまだ、立つ位置を変えながら枝を突き上げていた。

「亥太郎、登るなよ」

「登らんって」

体を限界まで伸ばし、もう一度。
やはり届かない。

「亥太郎、交代」

申也が歩いてくる。

亥太郎は一度ボールを見上げた。
まだいけると思っている顔で、しぶしぶ枝を差し出す。

申也は枝を受け取らなかった。
幹に両手をかけ、力を込めて揺する。
葉がざわりと鳴り、引っかかっていたボールが枝を抜けて、地面に落ちた。

「あ、落ちた」

亥太郎は小さく笑って、転がったボールを追いかけた。
羊平はリフティングを続けたまま、一度もそちらを見なかった。

子どもたちが散り、それぞれの位置へ戻っていく。
四対四の前に、ミニゴールを動かす。
亥太郎と羊平はゴールの端を持ち、引きずるように運んだ。

右側のネットが、フックから外れた。

ネットがだらりと地面に垂れる。

「あっ」

亥太郎の体が、反射みたいに動いた。

しゃがみ込み、垂れたネットを両手でつかむ。
フックの位置を見て、そのまま引き上げる。

「これ、はめたらいけるやろ」

その横で、羊平はもう走り出していた。
グラウンドの反対側にいる申也へ、一直線に向かう。

「コーチ、ゴールのネットが外れてます」

申也が顔を上げる。

「はいはい」

羊平が指した先を見て、申也が駆け出した。

亥太郎はゴールに足をかけ、踏ん張るようにネットに手をかけた。

「待て」

申也の声が飛ぶ。

間に合わなかった。

亥太郎がネットを引き上げた瞬間、反対側のフックまで外れた。
ネットは完全に外れ、ゴールの骨組みだけが残る。

「あーあ」

近くにいた子どもが笑った。

申也が駆け寄る。

「待て、言うたやろ」

亥太郎はまだネットを握っている。
申也がその手首を押さえた。

「離せ、離せ。余計ややこしなる」

「でも、いけると思ったし」

「直そうとして、壊すなよ」

亥太郎が口を尖らせる。

羊平は一歩下がったまま、ネットにもフックにも触らなかった。
ただ立って、申也の手元を見ている。

申也がしゃがみ込み、外れたフックを一つずつ戻していく。
ゴールが少しずつ元の形に戻る。

亥太郎は手持ち無沙汰そうに、スパイクの先で土を削った。
羊平は、もうリフティングを始めていた。

私は少し離れたところで、その二人を見ていた。

やがて最後のゲームが終わる。
子どもたちが散らばり、ビブスを脱ぎ、ボールを拾い始める。

申也がコーンを担いで、こちらへ歩いてくる。

「龍二さん」

「ん」

「さっきの、見てました?」

「見てたよ」

申也は苦笑いした。

「二人とも、分かりやすすぎますよね」

私はマーカーを地面に置いた。

「亥太郎と羊平か」

「です」

「でも亥太郎みたいなのは、試合で強いんですよね」

申也はコーンを下ろしながら言った。

「迷わんからな」

私は答えた。

「五分五分でも行くし、抜けると思ったら仕掛けるし。ああいうの、やっぱり武器じゃないですか」

「武器やな」

申也は少しうなずいた。

「でも、見えてないことが多すぎる。今日のネットもそうですけど、とにかく先に触るから」

私は答えず、グラウンドの端のケヤキを見た。
さっきボールが引っかかっていた枝先が、夕方の風にかすかに揺れている。

「羊平は逆で、勝手なことはしないし、ちゃんと報告もできる。あれはあれで正しいですよね」

「そうやな」

「でも、自分で何とかしようとはしないです」

申也が言って、少し黙る。

「亥太郎はもうちょっと判断せなあかんし、羊平はもっと自分で動いてくれたらなぁ」

私は黙って聞いていた。

「足して二で割れたらえぇんですけどね」

私はケヤキから目を戻した。

「それ、おもんないのが二人できるな」

申也が一瞬きょとんとして、それから少し笑う。

私はマーカーについた土を指で払った。

「足りんとこ埋めるのは大事や。けど、そればっかり見てたら、武器まで丸なる」

申也は黙った。

私はパン、と手を打った。

「集合」

散っていた子どもたちが集まってくる。
輪になるまでのわずかなざわつきが、夕方のグラウンドに広がる。

「おつかれさん!」

全員が揃って手を叩いた音がグラウンドに響く。
子どもたちは保護者の車のほうへ走っていき、グラウンドは急に静かになった。

私は荷物を持って駐車場へ向かう。
申也が少し後ろをついてきた。

「でも、足りんところは埋めなあかんでしょ?」

「埋めなあかん」

「今の亥太郎のままやと雑やし、羊平のままやと弱いでしょ?」

「せやな」

申也は黙った。
納得していないというより、まだうまく飲み込めていない顔だった。

「子どもらの足りんとこ埋めることばっかりやってても、強いチームにはならへんで」

後ろで足音が少しだけ詰まった。

「……どういうことですか」

私は前を向いたまま言う。

「亥太郎は、行くならもっと勝てる形を増やさなあかん」

砂利を踏む音が、後ろで止まらず続く。

「勢いだけで突っ込むんやなくて、どんな時に勝てるんか、感覚でええから、勝てる形を何個も持たせたらなあかん」

「……はい」

「羊平も一緒や。人に託すなら、その先まで見えてなあかん」

私は前を向いたまま続けた。

「託したあと、次に何が起きるんか。
自分では行かん代わりに、人の力を使って道を開けるようにならなあかん。
その場で誰も分からんでも、あとで振り返ったらあれが正解やったと思わせる託し方まで行けたら、あれも立派な武器や」

申也は少し考えてから、ようやく息を吐いた。

「みんな同じに近づけるんじゃなくて、その子にしかない形を完成させるってことですか」

「そういうことや。そのほうがおもろい」

私は車のドアを開けながら言った。

「申也、お前は小学生の時、亥太郎やったぞ」

申也は両手で頭を抱えて、笑った。