第1話「意味あるのか?は、だいたい意味ない」
【① このチーム、もうおかしい】
大阪の住宅街の片隅にある、弱小小学生サッカーチーム「さわやかキッククラブ」。
在籍20人。
ボールの空気は常に甘く、蹴るとポコンと頼りない音がする。
子どもたちは走る前から疲れた顔をしている。
「今日も暑いなー」
「もう帰りたいわー」
保護者たちもベンチに座ったまま、スマホをいじっている。
「まあそのうち上手なるやろ」
「無理せんでええんちゃう?」
全体的にやる気が低い。
そんな中、一人だけ温度がおかしい男がいる。
真っ向勝負男 ヒデオ
【② 真っ向勝負男、登場しただけで浮く】
「おはようございまーーーーすッッ!!」
グラウンドに響き渡る、場違いな声。
上下真っ赤なタイトジャージ。胸にはプーマに似たマークの下に「Hyō」と書いてある。
角刈り、極太眉毛、長いもみあげ、剛毛の耳毛。
常に少し歯茎が見えている。
近づくと、柔軟剤のいい匂いがする。
本人は完全に戦隊ヒーロー側のつもりだ。
「また来たで…」
「今日も誰よりも元気やな…」
「めっちゃ柔軟剤のえぇ匂いするけどな」
【③ 真っ向勝負】
アップが始まった。ブラジル体操。
一番声の大きい子、タクヤが言う。
「コーチー、この練習、意味あるんですかー?」
他の子たちも便乗する。
「そうそう、意味ないやろー」
「だるいだけやんー」
ヒデオは一拍置いた。
そして、叫ぶ。
「全力は義務ッ! 本気は礼儀ッ!」
「意味があるか聞く前に! 意味がないことを証明してみせろ!!」
「矢印は自分の心に向けて刺せ!」
ヒデオは戦隊モノの決めポーズそのままに、タクヤの心臓があるであろう方向をビシッと指差した。
タクヤは呆然としている。
「え…なに…?」
【④ リフティング】
ヒデオはおもむろにボールを取り出し、リフティングを始める。
ポンポンポンポン。
体がグニャグニャと蛇のようにうねる。
だが異様に上手い。
100回、200回、300回…止まる気配がない。
子どもたちは笑い出す。
「なんやあの動き!」
「グニャグニャしてキモい!」
保護者たちは引いている。完全に引いている。
「あの人、なんなん…でも上手いし」
「うち、もう帰ろかな…」
【⑤ 秘技 シャチホコ!】
500回を超えたあたりで、ヒデオはボールを高く上げた。
同時に地面に顔つけ足を空に向かって突き上げた。
落ちて来たボールはその足の上でピタリと止まる
「しゃちほこーーーーー!!」
タクヤが真顔で言う。
「はい、決まりましたぁー」
保護者の一人が小声で言う。
「今の決め技?」
誰もツッコまない。誰も正解を探していない。
ヒデオはリフティングを止め、満足そうに頷いた。
「よし! 気持ちは真っすぐブレない無回転ッ!」
決め台詞を叫んだ。
誰も反応しない。
【⑥ 唯一の熱狂者】
その時。
一人の母親が立ち上がった。
フリルだらけの服に身を包み、豪華な白い日傘を差している。ここはグラウンド、誰もそんな優雅さを必要としていない。
「キャー!! 真っ向勝負様! ステキーーーー!!」
グラウンドが凍りつく。
ヒデオの歯茎がピンク色にキラリと光った。
「ありがとうございますッ!」
ヒデオは片手を高く掲げ、母親に向かってサムズアップした。
母親は興奮している。
「今日も最高ですわ!」
他の保護者たちは完全に引いている。
「あの人も大概やな…」
場の空気は、完全に別の方向へ転がり始めた。
【⑦ 今日も勝利】
練習は再開された。
子どもたちは渋々動き、すぐ止まる。
タクヤがまた言いかける。
「やっぱ意味あ—」
その瞬間、ヒデオは姿勢を正し、叫んだ。
「全力は義務ッ! 本気は礼儀ッ!」
「もう一度君の胸に矢印を届けようか!!」
タクヤは黙った。
でも納得はしていない。
ただ、何も言えなくなっただけだ。
ヒデオは満足そうに頷き、強烈なヒールリフトでボールを高く蹴り上げた。
ボールは青空に吸い込まれ—
そのままトイレの屋根の上に乗った。
「あ」
誰かが小さく声を出した。
ヒデオは全く気にしていない。
誰にも届いていない。
でも本人だけは、今日も勝った顔をしていた。
<第1話 完>
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