第2話「変わらないのは、お前だけだッ!」
【① 遅刻、埋まる足】
毎週土曜日、さわやかキッククラブの練習日。
集合時間は朝9時。
選手がパラパラと来る
だが、9時5分になっても半分しか来ていない。
ヒデオはグラウンドの真ん中で、地面をグリグリと足で擦っている。
「遅い…遅いぞ…」
擦る。擦る。擦る。
砂煙が舞い上がる
タクヤが遅れて到着した。
「おはよーございまーす」
「遅いッ!」
「いや、まだ5分しか…」
「5分あれば白髪染めができる!」
「え?いける?それ染め時間だけちゃう?前後の準備,片づけも入ってる?」
ヒデオは聞いてない、聞かない
「パラパラ、タラタラと来やがってー」
ヒデオはすり足を止めない、すでに足首まで地面に埋まっている。
【② 20分遅れで、ついに全員】
さらにパラパラと選手が集まってくる。
「暑いなー」
「まだ走ってないのに疲れたわー」
ヒデオの足は、ふくらはぎまで埋まった。
9時20分。ようやく全員が揃った。
ヒデオが大きく息を吸う。
その瞬間—
どこからともなく軽快なダンスミュージックが流れ始めた。
子どもたちは顔を見合わせる。
「なんや、この音楽…?」
【③ パラパラ炸裂|ご婦人、危機一髪】
ヒデオの両手が、シャカシャカと動き出す。
顔の横でひらひら。胸の前でクロス。頭上でパン!
右、左、右、左!腕が高速で動く。
まるで全盛期の工藤静香—いや、それ以上のキレ。
規則的なリズムに合わせて、両手が空中に軌跡を描く。
指先まで神経が通っている。
一つ一つの動きは無駄がなく、次の動作へとスムーズにつながる。
まるで空気を切り裂くナイフのように。
正にこれが「キレ」、いや「レイ」だ南斗水鳥拳のレイだ!
体は微動だにせず、腕だけが別の生き物のように踊っている。
ピタッ!
決めポーズと同時に音楽が止まる。
「パラパラはダンスとチャーハンだけにしなさいッ!!」
ヒデオは空を見上げた。今日も決まった、という顔だ。
子どもたちは呆然としている。
「…なにこれ」
「意味わからん」
その時—
「ああああ…真っ向勝負様…ステ…キ…」
ご婦人が全身を震わせている。
フリフリのドレス姿で、日傘を片手に持ったまま、壁にもたれかかっている。
失神寸前だ。
薄れていく意識の中、かろうじて動く片腕で—遅れて彼女もパラパラを踊った。
すぐに腕が力なく垂れる、踊りが止まった
ヒデオはご婦人にそっと近づき、優しく震える肩を支えた。
そして、耳元で—
「踊るなら最後まで全力で踊れ!」
ご婦人は目を閉じて少し微笑んだが、無言
「いくじなし!」
ヒデオはご婦人に吐き捨てた
【④ 練習開始|温度差、極寒と極暖】
「練習開始ッ!!」
ヒデオの声が響く。
子どもたちはダラダラと動き出す。
熱量の差がすごい。
ヒデオが極暖ヒートテックなら、子どもたちはエアリズムだ。
真夏に。
「今日はシュート練習や!」
「おーえぇやん」
「走りたくないんですけど」
「並べッ!」
子どもたちがタラタラと列を作る。
【⑤ トーキックの恐怖】
「クロスを上げる!お前らはシュートを打て!」
ヒデオが助走をつける。
その瞬間、子どもたちの顔色が変わった。
「やばい…」
「また、あれや…」
ヒデオのトーキックが炸裂する。
キュン!!
無回転のボールが、子どもたちの足元に襲いかかる。
一人目—空振り。だが軸足に当たってゴールイン。
二人目—空振り。だがすねに当たってゴールイン。
三人目—空振り。だが尻に当たってゴールイン。
ヒデオのトーキックは正確無比。
ピンポイントで子どもたちの体のどこかに当たり、すべてゴールに吸い込まれる。
「トーキックやめてくれ!!」
タクヤが叫んだ。
ヒデオには聞こえていない。
「今日も全力ッ!ブレない無回転ッ!!」
どんどんボールが飛んでくる。
ゴールは、子どもたちの体に当たったボールで埋め尽くされていく。
【⑥ 事件発生|「変わんねーよ」】
10本目のシュートが終わった時。
列の後ろにいた少年、ケンタが呟いた。
「こんな練習やっても変わんねーよ…」
その瞬間—
ヒデオが動いた。
自分で蹴ったボールを追い越す速さで、猛烈な勢いでケンタに近づく。
「!!?」
ケンタは目を見開く。
ヒデオはケンタの前で急停止し—
ポケットから何かを取り出した。
木の棒。
革の盾。
それをケンタに渡す。
「え…?」
子どもたちも、何が起きているのか分からない。
ヒデオは大きく息を吸った。
1拍おいて—
【⑦ RPG理論】
「変わらない?正解!!」
「変わらないのは“お前だけ“だッ!」
「周りは進化してるのに、お前だけ“初期装備“のままだッ!!」
ヒデオの姿が—変わっていた。
全身、立派な鎧に包まれている。
胸当て、脛当て、肩当て。すべて銀色に輝いている。
右手には、勇者の剣。
ヒデオはその剣を天高く突き上げた。
「レベル1で魔王に挑むつもりかッ!?」
「意味は後からついてくる、経験値を稼げッ!装備を整えろッ!」
「そして—全力で挑めッッ!!」
ケンタは木の棒と盾を持ったまま、固まっている。
他の子どもたちも、完全に固まっている。
タクヤが小声で言った。
「…あの鎧、どこから出てきたん?」
【⑧ ご武運を】
その時、ベンチで気を失っていたご婦人が目を覚ました。
ゆっくりと立ち上がり—
鎧姿のヒデオを見る。
「…ヒデオ様…」
「…ご武運を…」
そして、また倒れた。
【⑨ ラスト|また増えるボール】
練習が終わった。
子どもたちは疲れた顔で帰っていく。
「今日も意味わからんかったな…」
「でもゴール、めっちゃ入ったな」
「全部、体に当たっただけやけど…」
最後に、ヒデオはヒールリフトでボールを高く蹴り上げた。
その瞬間、ヒデオの方がガクンと落ちた
「誰だ!こんなところに穴を掘ったのは!!」
もう誰もいない
ボールは青空に吸い込まれ—
トイレの屋根の上に、また1つ消えていった。
「よし!今日も全力だったッ!」
誰も聞いていない。
でも本人だけは、今日も勝った顔をしていた。
<第2話 完>
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